久々に書いてみます。
この頃の好きな音楽比率はまだまだ海外のオルタネイティブ系の方が強かったんですがダンスミュージックにも興味が出てき始めた頃。ロックに関してはUK重視のアメリカモノも大丈夫って感じだったんですがダンスミュージックに関してはモロUKでしたね。
毎度の事ですが時間軸は曖昧です。
・新大阪メルパルクホールでソニックユースのライブを見る。ここはイス固定の指定席星だったんですが、アンコールに入りサーストンムーアが客をあおり、みんなが自分の座席乗り越えて前にwそういうのが許されない時代に入ってきてたのでアンコール途中で中止に・・・
・アメ村を歩いてると三角公園に小汚い外国人の集団が座ってた。後で友達に聴いたら前日サンホールでライブがあったマッドハニーのメンバーだったとの事。ライブがあった事もそれがマッドハニーだった事も後から気づいてすごくショックだった。
・プリミティブスのライブを御堂会館かどこかへ見に行く。次の日に事故って2週間入院。
・M2、トリコロール、カオス、ナーズなど東心斎橋にクラブが乱立してた。
・堂山のピエロであったパーティーでその日EMFが大阪でライブがありメンバーが来るかもと噂のあったパーティーで初めてYOJI BIOMEHANIKAさんのDJを体験。T99のアナスターシアや808STATEのハードコアテクノ系を初めて聴き衝撃を受ける。
・心斎橋パルコ内にCISCOオープン。
・前回のでフールズメイトが分離したのはREMIXと書きましたがその前にMIXという名前だったのを思い出す。
・そのMIXではアシッドやバレアリックという言葉が良く出てきてたがその当時は、どんな音楽家理解出来てなかった。
・ハードコアテクノにハマル。XLから出たT99アナスターシア、CUBIC22 naight in motion、プロデジーのチャーリーは今聴いても名曲だと思う。
・イギリスのインディーダンス系のバンドのシングルには必ずと言っていいほどDJによるREMIXが収録されていて、またそっちの方が格好良かったりした。
・そのおかげでシングルだとかっこいいのにアルバムはイマイチなバンドやシングル1枚で消えるバンドが続出する。
書いてるうちに色々思い出してきました。
次回に続く。


